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国権の発動たる戦争を放棄しているが

他方、憲法9条は、国権の発動たる戦争を放棄しているが、多国籍軍の制裁戦争(国際法上の戦争概念)への参加や、独立国家に固有の自衛権までも放棄することを意味しない、とする解釈もある。この見解によれば、国家がその平和と独立を維持するためには、それを自ら防衛する権能を持つことが求められるからである。そして、自衛のための必要最小限度の実力(自衛隊)は、2項に言う「戦力」にあたらないと解される(1950年代以降の政府見解)。このように、平和主義と自衛権の行使は、対立するものではなく、達するべき目的とそれを実現するための手段という関係にある、という解釈も成り立つとされる。その代わりに政府は、海外派兵および集団的自衛権の行使(自国が攻撃されたわけでもないのに同盟国が行う実力行使に参加すること)は違憲であるという公式解釈上の歯止めを示してきた。1990年代以降は自衛隊海外派遣と憲法9条の平和主義との整合性をめぐって激しい論争が行われている。
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平和主義という言葉は多義的である。法を離れた個人の信条などの文脈における平和主義は(一切の)争いを好まない態度を意味することが多い。一方で、憲法理念としての平和主義は、平和に価値をおき、その維持と擁護に政府が努力を払うことを意味することが多い。日本国憲法における平和主義は、通常の憲法理念としての平和主義に加えて、戦力の放棄が平和につながるとする絶対平和主義として理解されることがある。これは、第二次世界大戦での敗戦と疲弊の記憶、終戦後の平和を求める国内世論、形式文理上、憲法前文と第9条が一切の戦力・武力行使を放棄したと解釈できること、第二次世界大戦以降日本が武力紛争に直接巻き込まれることがなかったことによって支えられた、世界的にも希有な平和主義だとされる。この絶対平和主義については、安全保障の観点がないのではないかという意見がある一方で、世界に先んじて日本が絶対平和主義の旗振り役となり、率先して世界を非武装の方向に変えていこうと努力することが、より持続可能な安全保障であるとの意見がある。なお、これらとは別に自衛権は自明の理であり、自衛権の行使は戦争には当たらないとする意見がある。

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2009年06月29日 21:52に投稿されたエントリーのページです。

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